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埼玉シルバーバーチの会

スピリチュアリズムの理解と実践のためのシルバーバーチ読書会のブログです。

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11月の読書会 シルバーバーチの画期的な「死生観」

20度を超えるほど暖かな日曜日、秋色の街路樹を眺めながら読書会の会場へ向かいました。

今回は、「死生観」について学びました。「死」は、人間にとって避けることができない宿命です。すべての人間がいつかは必ず「死」を迎えることになり、愛する人との死別を体験することになります。

「死」という身近な問題について考えることで、スピリチュアリズムやシルバーバーチがもたらした「死生観」の卓越性と画期性をあらためて確認することができました。


<今日の学習>
スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]より  「死生観」

<学習のポイント>
シルバーバーチの「死生観」―死は、喜び・希望・地上人生を終えたことへのご褒美


人間にとって「死」は、宿命と言うべきものです。宿命ということは、100%起きるということであり、誰もが避けられない出来事です。人間は必ず「死」を迎えます。その事実を前にして、人類は「死」を最大の恐怖と感じてきました。また、愛する人との死別は最大の悲劇・不幸・悲しみだったのです。

人類は「死」の恐怖から逃れるために、宗教に救いを求めてきました。宗教は、死の恐怖に対する救済手段として存在し続けてきたのです。

従来の宗教の「死生観」は、「人間は死後も霊魂として存在する」「死後の世界・あの世はある」というものです。しかし、「霊魂」とは具体的にどのようなものかは明確にされていません。また、「あの世」も、天国と地獄、明るい世界と暗い世界と言った程度です。

「死後も人間は、霊魂としてあの世で存在する」という漠然とした教えは、科学的思考を持った現代人には全く説得力がありません。現代人の多くは、宗教が説く死後の世界は単なる迷信や作り話だと決めつけています。従来の宗教の「死生観」は、現代人の理性を納得させることができないのです。

そうした状況の中で、19世紀の半ばにスピリチュアリズムが登場しました。スピリチュアリズムは心霊現象を科学者に徹底して検証させ、死の問題を霊的事実に基づく新しい霊的思想として示しました。

従来の宗教では、「霊魂」や「死後の世界」は信じるか信じないかという信仰の問題でした。しかしスピリチュアリズムでは、客観的事実として死の問題への回答を示したのです。それによって、人類史上初めて、死の事実の解明がなされることになりました。それまで宗教ごとに違っていた「死生観」を、人類共通の「死生観」として確立したのです。


スピリチュアリズムによって明らかにされた死生観のポイントは、以下の3つです。
①死の定義……「死」とは、肉体と霊体を結んでいたシルバーバーチが切れるとき
②死後の人間の状態……死後、人間は霊体という新しい身体をまとって存在する
③死後の住処……死後、人間は霊界に住み、そこで永遠の人生を歩むことになる



こうした明瞭で客観的な「死生観」によって、これまでとは全く違う「死」についての考え方がもたらされることになりました。死後、人間は生き続ける以上、人間は「死」を恐れる必要はありません。そして、愛する人とも必ず会えるので死別を悲しむ必要もありません。これによって人類は、安心と救い、慰めを得ることになったのです。

スピリチュアリズムによって、人類の「死生観」は根本から変わることになりました。つまり、「死生観」の革命、大転換がなされたのです。そして、さらにシルバーバーチは、スピリチュアリズムの「死生観」の集大成として、人類史上、最高の次元の「死生観」を示したのです。

シルバーバーチは、「死」は喜び・希望であり、地上人生に対するご褒美と言っています。これまでの宗教は、恐怖・悲劇・不幸・悲しみでした。シルバーバーチによって、従来の考え方と180度違う「死生観」が、人類に明らかにされたのです。
「死生観」のポイントを以下にまとめました。

●従来の宗教………死は恐怖
  ↓          死別は悲しみ
●スピリチュアリズム……死を恐れる必要はない(安心・救い)
  ↓             死別を悲しむ必要はない(慰め)
●シルバーバーチ………死は喜び・希望・ご褒美
             死別は祝福すべきこと


私たちスピリチュアリストは、シルバーバーチの画期的な「死生観」をいち早く手にすることができました。「死」についての正しい見解を示すことができるのは、私たちスピリチュアリストしかいません。私たちは、人々を「死」の恐怖から救うために、一人でも多くの人に霊的事実としての「死生観」を伝えていく立場にあるのです。



◆引用に当たっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。